朝いちばんに、幽世の工匠から報せが来た。
頼んでいた術符が仕上がったから、羽野浜港まで取りに来いとのことだった。
歩けば四時間はかかる距離だ……この暑さでは厳しいな、と思っていたら、
狼姿のシュマリが「乗っていきなよ」と背を向けてくれた。
いつもそばにいるからつい忘れがちなんだけど、シュマリはこれでも神獣で、
自分だけの「神域」を持っている。決まった先までなら、そこを抜けてひとっ飛びで行けるんだ。
でも、シュマリの神域は何度通っても慣れない。
山道の途中でふっと蝉の声が遠のいて、肌を撫でる空気の感触が変わる。
そのまま数歩進むだけで、もう峠を越えていた。
五つの頃、輪郭の曖昧だったシュマリを追いかけて僕が紛れ込んだのも、この中だった。
あのときは無我夢中だったのに、今は通り道として便利に使わせてもらっている。
抜けた先の光は、家を出たときと同じ朝の色のままだった。
港では、唐船から降ろされた荷が次々と運ばれていく。
その脇の路地を入った奥に、文をくれた工匠の工房があった。
仕上がった術符を受け取っていると、工匠が「ついでだ」と言って、
奥の棚から一枚の紙を出してきた。
「唐紙(からかみ)だよ」
海の向こうから運ばれてくる紙をまとめてそう呼ぶらしい。
昔は身分の高い人たちが詩や和歌を書くための、とびきり贅沢な料紙だったんだって。
薄く色のついた紙には、雲のような文様が入っている。
雲母(きら)という光る粉で摺るそうで、傾けるたびに文様が浮いたり沈んだりする。
僕はしばらく、傾けては戻してを繰り返してしまった。
紙そのものが、書かれる前からもう何かを語っている。
僕の書く連綿体も、線が重なって文字の形を超えていく瞬間がある。
あれと、どこか似ている気がした。
一枚いくらなのか、つい聞いてしまった。
工匠が言った額は、僕の一年分の小遣いよりずっと上だった。
……いつか、あの紙に名を書けるくらいにはなりたい。
工房を出ても、まだ日は高いままだった。
せっかくだからと、シュマリと少し港を見て廻ってから帰ることにした。
理玄 🎋
x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x=x
今日の日記に付き合ってくれて、ありがとうございました。
もしよかったら、手紙も受け取ってくれませんか?
メール登録してくれた方には、表の日記には書けない
「少しだけ踏み込んだ話」も、時々手紙に添えて送りたいと思っています。
もっと深く僕たちの世界を知りたい方は、ぜひ登録しておいてくださいね。
