今日は手習いが終わったあと、子どもたちが庭で相撲を取りはじめた。
「東ー、大岩山ー!」
「西ー、赤とんぼー!」
呼び出しの真似をして、めいめい勝手な名を名乗っている。
赤とんぼは一見弱そうな名前だと思ったけれど、その子が一番強かった。
「先生もやろうよ」
案の定、袖を引っぱられた。
暑い日に転がされると、あとで色々と面倒なことになる。
……とは言えないので、軍配のかわりに扇を抜いて構えた。
「先生は行司をやるよ。相撲は勝負を判定する人が必要だろ」
そう言ったら、たしかに、と言って思いのほかあっさり引いてくれた。
四股名は、生まれた土地の山や川の名を借りることが多くて、
このごろは海や花の字を入れた、優しい響きのものも増えてきたんだって。
扇を返して「東ー、赤とんぼー」と呼び上げると、
さっきまで鼻をほじっていた子が、急にいい顔で仕切りはじめる。
名を呼ばれた途端に、その子が別の何かになるみたいだった。
そういえば前に聞いた、異国の昔の考えを思い出した。
名前というのは、一度その者を指すと決まってしまえば、
どんな時でも、その者だけを指し続けるものなんだそうだ。
本当の名でも、その場かぎりの名でも、そこは変わらないらしい。
だから「赤とんぼ」だって、ちゃんとあの子を指している。
僕が五つの時に付けた「シュマリ」も、たぶん同じだ。
呼びやすい札を貼ったんじゃなくて、あの人を指す名になったんだと、改めて思う。
もし別の名を付けていたとしても、その名がやっぱりあの人だけを指したんだろうな。
それでも、シュマリはシュマリなんだ。
名づけって、相手の輪郭を自分の手でなぞり出すようなものなのかな。
……そこまで考えて、ふと気になった。
あの二人が土俵に上がるなら、僕はなんと呼び上げることになるんだろう。
シュマリは、白狼山(はくろうざん)。うん、悪くない。
玄也は、蛇団子(へびだんご)。
我ながら、なかなかよく出来た気がする。
これは本人に言ったら、たぶん喜んでしまうやつだ。
明日また団子を提げて来たら、玄也にはさっそく名乗ってもらおう。
理玄 🎋
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